表紙写真館
撮 影 : 林 田 きみゑ
エピソード:瀬 山 紀 子
NPO法人BalletNoah活動の記録 
2006年10月28日 群馬県主催 はじめての文化体験事業  於:高崎市 豊岡児童館
NPO法人バレエノアは、群馬県による“はじめての文化体験事業”の登録団体です。
幼稚園、保育園や児童館、小学校、公民館などが行う文化体験でクラシックバレエの公演を希望される団体には、群馬県からの補助金がおりて事業を行うことができます。
 参考:群馬県“はじめての文化体験”について
NPO法人BalletNoah活動の記録 
表現のための講座=FOPIKA2006 2006年8/2〜8/12   撮影:林田 きみゑ
クラシックバレエ クラス
講師: Elia Luyando (エリア・ルワンド)セントラル・スクール・オブ・バレエ(London)
コンテンポラリー ダンス クラス
講師: 瀬山 亜津咲
(ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団)
NPO法人BalletNoah活動の記録 
2006年07月16日 出張公演 バレエノア コンサート    於:みなかみ町カルチャーセンター 
NPO法人BalletNoah活動の記録 
2006年07月15日 出張公演 バレエノア コンサート    於:片品村立南保育園 
NPO法人BalletNoah活動の記録 
2005年10月28日 出張公演 バレエノア コンサート    於:新潟県見附市立今町小学校 
新潟県見附市立今町小学校の生徒さんのなかには、新潟県中越地震から1年待たずに発生した新潟豪雨(2005年7/13)により被災された方もいらっしゃいました。
このコンサートは水害から3ヶ月半後に、被災のお見舞いとしてお伺いすることができました。新潟へ向かう道中、仮設住宅や水害の跡が見てとれました。
NPO法人BalletNoah活動の記録 
2005年8月2日〜8月12日  第1回 表現のための講座=FOPIKA2005    於:軽井沢大賀ホール 
メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.27
2005年2月13日〜3月20日  パントマイム講習会 舞台芸術学院の上野陽一先生によるパントマイム講習会
メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.26
2005年3月6日 高崎バレエスタヂオにてパフォーマンス
メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.25
出張公演 2005年3月5日 榛名町立第三小学校にて榛名町の保育所の親子さんが見にいらしてくださいました。
メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.24
2004年12/18&12/19 バレエの出張公演
高崎市立養護学校 群馬大学附属養護学校
  メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.23  
2004年8/22 高崎市文化会館にてNPO設立の報告会とWSのエキシビジョンをおこないました。
メイツとしておこなってきた出張公演などの活動の幅を広げ、舞踊芸術団体として青少年教育などを行っていくために
2004年7月 NPO法人Ballet Noahを設立いたしました。(設立時の名称はBallet Noahぐんま)
表現のための講座=FOPIKA2005の思い出
2005年於:高崎バレエスタヂオ・軽井沢町・軽井沢大賀ホール
ハイメ・ヴァルガス先生のパ・ド・ドゥクラス 全員に修了証書が授与されました。
バレエノアがNPO法人になった2005年より 毎年趣向を変えて『表現のためのワークショップ』を継続して開催してまいりました。
第1回目のこのワークショップはゲスト講師に ハイメ・バルガスさん(カナダ ロイヤルウイニペグバレエ・プリンシパル)らをお招きし
クラシックバレエ、コンテンポラリーダンスなどに取り組みました。
今年も受講生は新しいプログラムを学んでいます。7/25〜8/1
第一線で活躍している現役の方に教えていただくことは受講生にとってすばらしい経験になっています。
メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.22
2003年8月29日 於:昭和村多目的センター
メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.21
2003年8月1日 於:倉賀野中学校 PTA主催 音楽の夕べ
メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.20
2002年7月13日 共愛学園演劇部にて
メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.19
2002年2月17日 於:北橘小児医療センター(現 群馬県立小児医療センター)
メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.18
2002年2月16日 三校合同PTAセミナー   於:高崎市立片岡中学校
メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.17
2002年1月30日 高崎市内幼稚園児保育園児招待公演   於:高崎市文化会館
メイツからNPO法人Ballet Noahへのあゆみ vol.16 撮影:2002年1月30日  
於:わーくはうすすてっぷ
メイツからNPO法人Ballet Noahへのあゆみ vol.15 撮影:2001年3月19日
バレエの夕べ   於:双葉高等養護学校
『紙ひこうき(kamihikouki)』ビーレフェルトへ 撮影:2009年07月
←写真:Bielefeld中央駅に到着  ↑写真:上演後、満席のお客様の拍手を受けて

FABIEN PRIOVILLE&BALLET NOAHの『kamihikouki』が
 ドイツのビーレフェルトダンスフェシティバルに招かれ上演を致しました。
 昨年11月にヴッパタールでPina Bauschさんにも見ていただいき、
その成果として今回のお招きがあったようなものです。

この公演に関するはBlog
GO!
 
『紙ひこうき(kamihikouki)』高崎公演 2009年6月29日(月曜日) 高崎市文化会館
高崎バレエスタヂオ第28回発表会 撮影:2008年12月21日 みかぼみらい館大ホール 
『紙ひこうき(kamihikouki)』ピナ・バウシュ国際ダンスフェスティバルへ
NRW World DanceFestival with PINA BAUSCHでの上演についての解説(フェスティバルのWEBSITEに掲載された内容)

11.10.2008 | Wuppertal | Cafe ADA | 8:00 p.m.
11.12.2008 | Wuppertal | Cafe ADA | 8:00 p.m.  KAMIHIKOUKI
Les Avions de Papier
Japanese schoolgirls from Takasaki
BALLET NOAH  
Choreographie: Fabien Prioville
European premiere 
The group and the individual: included or excluded.
And one’s own personality? Scenes, moments, glimpses
develop from a group of uniformed school girls in white masks,
a separateness emerges and is reabsorbed, steeped in poetic
images and allusions. Individuality and the pressure to conform
collide.
Can one be accepted as one is, or does one merely pretend to be?
From this mutual antagonism, fear, cowardess, hate and hidden
violence cry out.  Today in Japan, or elsewhere.

The choreographer Fabien Prioville, who was a member of
Tanztheater Wuppertal Pina Bausch for many years, has
created enthralling visual articulations of this tension: images
of violence and isolation, powerful and expressive.
The dancers are laymen, students at a Japanese high school.
The project was undertaken in collaboration with Ballet Noah
in Takasaki.
This extraordinary evening of dance, a hybrid of Western
dance theater and Japanese tradition, has received critical acclaim.
Its German premier is in Wuppertal at the Internationales Tanzfestival NRW 2008.


2008.11/10 ブッパタール カフェ アダ 8:00pm
2008.11/12 ブッパタール カフェ アダ 8:00pm
紙ひこうき
Les Avions de Papier
日本人の女子学生 バレエノア所属
振付 ファビアン プリオヴィユ
ヨーロッパ初演
個人と集団、受け入れられるのか、それとも排除されるのか。
そして自分自身の存在とは。
白い仮面の女子高生の集団から、様々な場面、瞬間、寸劇が展開していく。
詩的なイメージや引喩の中で集団からの孤立が描かれ、そしてそれが
再び集団の中に飲み込まれてしまう。
個人と、集団に順応しなければならないプレッシャーとのぶつかり合い。
自分があるがままの姿で受け入れられているのであろうか。
それとも、単に振りをしているのだろうか。
この相互関係から、敵対する気持ち、恐れや臆する気持ち、憎しみ、
そして普段は見えない暴力的な心が吹き出す。
今日の日本に於いて、世界中に於いて。

 振付家のファビアン プリオヴィユはピナ バウシュ タンツシアター
 ブッパタールの一員であったが、この個人と集団との張りつめた
関係を魅力ある舞台作品として作り上げた。
暴力と疎外感のイメージを力強く且つ表現豊かに。
ダンサーはプロではなく、主に日本の女子高生。
この作品は日本の高崎のバレエノアとの協力の基に作り上げられた。
西洋のダンスシアターと日本の伝統があいまったこの特異な舞台は数多くの
批評家から高い評価を受けてきている。
このドイツ初演の舞台がインターナショナル ダンスフェステバル
NRW 2008 においてブッパタールで開催される。


10.11.2008 | Wuppertal | Cafe ADA | 20:00 Uhr
12.11.2008 | Wuppertal | Cafe ADA | 20:00 UhrKAMIHIKOUKI
Les Avions de Papier
Japanese schoolgirls from Takasaki              
  Fabien Prioville & BALLET NOAH   
Europaische Erstauffuhrung
Die Gruppe und der Einzelne: dabei oder ausgeschlossen.
Und die eigene Personlichkeit?
Aus einer Gruppe von weismaskierten Madchen in
Schul-Uniformen heraus entwickeln sich Szenen, Momente,
Einblicke, bricht das Anderssein aus und wird wieder
aufgesogen: voller poetischer Bilder und Anspielungen. Individualitat
und Gruppenzwang kollidieren. Wird man akzeptiert so wie man
ist, oder eher: vorgibt zu sein? Aus Momenten
des Sich-Gegenseitig-Drangsalierens sprechen Angst,
Feigheit, Hass, versteckte  Gewalt. Heute in Japan, oder andernorts.

Der Choreograph Fabien Prioville, mehrere Jahre Mitglied des
Tanztheaters Wuppertal Pina Bausch, hat dafur packende
Bilder gefunden, Bilder von Gewalt und Einsamkeit, kraftvoll
und ausdrucksstark. Die Tanzerinnen sind Laien, Schulerinnen
einer japanischen High School. Das Projekt ist in Zusammenarbeit
mit dem Ballet Noah in Takasaki entstanden. Ein ungewohnlicher
Tanzabend in seiner Mischung aus westlichem Tanztheater und japanischer
Tradition, bejubelt von japanischen Kritikern.
Zum ersten Mal in Deutschland zu sehen in Wuppertal beim Internationalen Tanzfestival NRW 2008.
メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.14 撮影:2001年3月17日  高崎幼稚園
“メイツ”改めバレエ ノアぐんま になって最初の公演です。
開演前 リハーサル 上演中はいつも楽しい、おもしろい。 園児さんより花束のプレゼント
メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.13  撮影:2001年1月22日  高崎シティギャラリー 
エリック・カール絵本展(高崎シティギャラリー)
「うたがみえる きこえるよ」の絵を音楽と踊りでイメージしよう。民族楽器でのイメージ西洋楽器でのイメージ バレエでのイメージ 〜バレエでのイメージ〜に参加出演したステージです。 
メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.12 高崎市文化会館
第10回メイツ公演  “バレエの夕べ” 高崎市文化会館 〜 リーズの結婚 
メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.11 撮影:2000年8月7日 高崎市文化会館
 “バレエの夕べ” (高崎市民文化会館) ハンディキャップの皆様と付き添いボランティアの方々に公開させていただきました
「 ラ・フィーユ・マル・ガルデ」   「 sometimes in my soul 」 〜心の中に風が吹き抜ける〜
 メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.10 撮影:1998年12月23日 おひさま保育園 
第9回メイツ公演  おひさま保育園公演   “バレエの夕べ” 
入念にリハーサル 瀬山亜津咲先生もおひさまの卒園生 本番を待つ園児さんと保護者のみなさん
メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.9 撮影:1998年12月22日 新里中央小学校
コッペリアより 「どうでしたか?」「おじいさんがとってもかわいそうだった」 ザ ジョップリン 練習風景
メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.8 撮影:1998年.9月.19日 高崎市文化会館
第7回メイツ公演 “バレエの夕べ”  〜珠玉のクラシックからモダンタンゴまで〜
 この公演の少し前からコンテンポラリーへのアプローチをはじめておりましたが、作品として発表した第一回の舞台でした。
当時にしてみれば斬新なテーマで大人の作品に取り組んだように思います。反響もさまざまでした。
ここから始まった私共の取り組みも、すこしづつではありますが成果があがってきているように思います。
クラシックを基本におきながら、コンテンポラリーも学んでいくというスタイルも、すこしづつあたりまえのように受け入れていただけるようになりました。
思えば毎日の暮らしも、現実と向き合いながらロマンの世界に魂の安らぎを求める繰り返しです。
      両極端のようですが、行ったりきたりをバランスをとりながら追求して参りたいと思っています。 (瀬山 紀子)
タンゴ ピアソラ ひとりぼっちのチャップリン
メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.7 撮影:1998年6月20日 スタジオF(埼玉県羽生市) 
第6回 メイツ公演
 
堀口 房子先生(スタジオF:埼玉県羽生市)のお話をプログラムより抜粋
         メイツの母体、高崎バレエスタヂオの瀬山紀子先生は私にバレエの技術の有り様を示しその芸術性への道を見せてくださった方です。
         この公演には、尊敬する瀬山先生のメイツをお招きし、スタジオFの生徒のうち6名も参加というかたちで公演を開催できたことを
         大変うれしく感じております。
エチュード コンテンパラリーより ジャズ組曲より ドンキホーテより(小渕 博美先生) ドンキホーテより(瀬山亜津咲先生)
メイツからNPO法人Ballet Noah へのあゆみ Vol.6 1997.12.7  高崎市中央公民館
≪高崎子ども劇場バレエってどんなもの?≫
小さな小さな会場でした!。照明は床に置いた投光器を使用し、スタヂオのOBや大きい生徒がスタッフの応援に駆けつけ
それぞれの持ち場でスイッチを入れたり切ったりかたずけたり...。
あまりよい条件ではなかったにもかかわらず楽しく熱いパフォーマンスでした。
 (瀬山 紀子)
挨拶する瀬山紀子先生 小渕博美先生 ジョップリンで楽しく! 瀬山亜津咲先生

メイツからNPO法人 BalletNoahへのあゆみ vol.5 撮影:1997年12月6日 高崎西小学校体育館

高崎西小学校PTAセミナー 《親子で楽しむバレエ》
▼開演準備 瀬山紀子先生とゲストの大前雅信先生の打ち合わせ
        向かって右で作業しているのは今も衣装を縫ってくださっている根岸弘子さんです
メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.4 撮影:1997年5月31日(土) アートビルスタヂオ2F
ミニスタヂオコンサート “バレエの夕べ” 大人クラスが誕生したアートビルスタヂオで お茶と手作りケーキ付の楽しいコンサートでした。
パ・ド・カトル ザ・ジョップリン フィナーレ

メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.3 撮影:1997年5月26日 高崎市文化会館 

第2回メイツ公演   〜 古典から現代作品まで、自主公演からボランティアコンサートまで〜 
パ・ド・カトル エチュードコンテンポラリー(小渕博美) エスメラルダとカジモド(瀬山亜津咲)

メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.2 撮影:1996年9月7日  片品村文化センター

メイツ第一回公演
コッペリウス・大前 雅信先生 スワニルダ・瀬山亜津咲 福島 あや  フィナーレ ※片品村らしい水芭蕉の緞帳です
メイツからNPO法人BalletNoahへのあゆみ vol.1 撮影:1989年5月14日

<“メイツ”結成に至るまでのこと>
〜19回発表会のプログラムより引用

1989年の冬、赤城の未来劇場に於て、学童保育所の子供さんたちを対象に“ピノキオ”を上演しました。
コンクリートの床にコンパネ(厚いベニヤ板)をのせ、リノリュームを敷き、ホリゾント幕も緞帳も無い(未来劇場は実験劇場的な空間の建物)
会場で場面転換の多い“ピノキオ”を上演するには別のアイデイアが必要で、人形劇団みつばちの高橋さんと未来劇場側のスタッフに
沢山のヒントを頂きました。
まだ中学生だった小渕博美、瀬山亜津咲、小学生だった荻野千絵等が活躍し、おかげで公演は大成功でした。
いかにも手作りのステージ、マイナスをプラスに変えることの充実感、そして座布団に座って食い入る様に見て下さった子供さんたちの瞳、
何よりもこの経験が7年後の1996年秋、スタヂオ当初からのメンバー細木真理子と小渕、瀬山、荻野の4人から成る“メイツ”結成に至る原動力となりました。
各自、外の世界で苦労しながらも、優秀な先生方に教えを受け、キャリアを積み、しっかりと成長してくれています。
私も彼等に触発され、様々に教えられる事が多く、こうして戻って踊ってくれる事を心から喜んでおります。
また、心強い事にメイツ達と同期の林田直子が運営に加わってくれる事になりました。
美術、コスチューム、写真、道具方に至るまでの素晴らしいスタヂオスタッフ陣と手を携えて、“メイツ”公演を支えてくれる事と思います。 
4人に続くメンバーが育つ事を願いつつ、精一杯の活動をして参る所存です。どうぞ、格別の御理解、御支援をお願い申しあげます。 
                                                                   メイツ代表   瀬山紀子
                  メイツメンバー   細木真理子、小渕博美、瀬山亜津咲、荻野千絵  
第27回高崎バレエスタヂオ発表会フィナーレ 撮影:2007年4月22日 みかぼみらい館 大ホール
<高崎沼田バレエスタヂオで生徒さんの顔写真、舞台写真を撮り続けてくださっている林田きみゑさんのお話。>
林田さんは、衣裳づくりのお手伝いはいいから・・・それより写真を撮っていらしてください…。」
とスタヂオ初期の生徒のお母様方に言っていただいてから30年の月日が経ちました。
その第1回発表会からスタヂオの生徒さんを写真で追い続けています。
表紙写真館の《あの頃の教師たち》シリーズをみなさんに観ていただきましたが、
今は教師として活躍されている先生方のステージが、私には写真とともに鮮明に思い出されます。
スタヂオで初めてお迎えしたのプロのダンサー、長瀬 信夫先生と、生徒だった細木真理子先生とで踊られた「金平糖の踊り」。
やはり、長瀬信夫先生と林田直子先生の初々しい「白のデュエット」。
そして小渕博美先生の忘れられない強烈な「黒鳥 オディール」での登場。
福島あや先生のショパンの曲の「エチュード・コンテンポラリー」は感動のあまり心臓が震えたような気がしたものです。
バレエ ノア公演では、瀬山亜津咲先生のおかしく、たのしく、感動した「ラ・フューユ・マル・ガルデ」等々。
舞台へむけたカメラのシャッターの指がおもわずふるえるのを覚えました。
4月の発表会のカーテンコールでは、舞台で瀬山紀子先生を囲んで、久しぶりにゲストでいらしてくださった長瀬信夫先生や森充生先生、
山本隆之先生はじめゲストダンサーのみなさん、そしてスタヂオのスターが勢ぞろいしておりました。
今まですべての舞台を観ることのできた私にとっては、いままでのたくさんの思い出がよぎり、ことばにつくせない思いでした。
「高崎スタヂオ バレエ公演」の舞台を撮ることのできる幸せをしみじみ感じ、瀬山紀子先生との出会いに感謝してこれからもまた
「仔羊さん」たちの成長をたのしみに、進化しつづけるスタヂオと共にありたいと思っています。
ドン・キホーテ全幕を終えて
キトリ:坂井 萌美 と瀬山紀子先生 ゲストのみなさんと
≪あの頃の教師たち≫

高橋(旧姓:細木)眞理子先生の生徒時代(1978年第一回発表会より)
このスタヂオでトウシューズをはいて2回転のピルエットを回れた最初の生徒さんが眞理子先生です。
まじめでバレエ好きの生徒さんでした。
いつのだったか・・・教室で生徒を並べて叱った事がありました。
「あなたは何のためにバレエをやっているのか?」
ひとりひとりに聞きました。
生徒さんからは
「心をきたえるため」とか、
「我慢強くなるため」という答えがかえってきました。
そのなかで
「バレエが好きだからやっています」と一言きっぱりと答えた眞理子さんが強く印象に残っています。
その気持ちを現在まで持ち続けている方です

林田直子先生の生徒時代(1981年片品合宿より)
今と同じように、口数少なく、静かな生徒さんでした。
昔は(今と違って)スパルタ式のレッスンをしていました。
そうした中でいつも頑張り通す方でした。
早朝5時からのパン屋さんのアルバイトを何年も続けたこともあったそうです。
派手ではなく地味にこつこつと何事もやりとおせる人が林田直子先生です。


小渕博美先生の生徒時代
4歳になったばかりの博美さんをスタヂオでお預かりしました。 
今の先生からは想像もつかないでしょうがよく泣くお子さんでした。
あまりに泣き止まないのでだっこしてレッスンしたこともありました。
 頭がよくてリズム感にすぐれ、教師の私が生徒の博美さんから感覚的な事を学んだこともありました。
お休みをしたこともほとんどなかったのでいつも一緒にいたような気がします。
エピソードといえば、ある時コンクールの前に私が何かで爆発して
「ヴァリエーションを100回踊ってから帰りなさい!」
といってそのまま外出してしまいました。
そのときに正の字で100回を数えて踊ったという意地の持ち主です。
博美さんから「泣く子はいい生徒に育つ」がうちの教師の申し合わせになりました。
東京にでてからも、実にたくましく、賢く、Dance界にあってご自分の世界を広げて活躍しています。
友人と一緒にたちあげたグループも海外公演に招かれたり実に活発に活躍されています。
クラスでの教えは怖いですが、ある意味実に親切な教師です。

福島 あや先生の生徒時代(列の先頭の生徒さんが福島あや先生)
小2のときから福島あやさんがスタヂオに来てくださいました。
非常に素直な感性の持ち主で、場面の状況や人の情に対してピュアな感情の移入をする方です。
ご本人の生まれつきなのかもしれませんし、愛されて育ったであろう環境のせいかもしれません。 
眠れる森の美女でヴァイオリンの少年役役だった“あやさん”が演技を終わり、
舞台袖で一列のまま、姫が毒針に刺されて苦しんでいる場面を見て、
ご自分を重ねるように身体を動かして一緒に動いておられました。
それは練習のたびに見られた反応で現在のあやさんのアーティストとしての原点だったと思います。
どなたも感じるであろう感情の動きが表現となっていたその場面を大変印象的に覚えています。        

瀬山 亜津咲先生の生徒時代(右側で横顔の方)
(亜津咲さんが)6年生のときにプロコフィエフの曲でピノキオの創作作品を上演しました。
大変好評でその後何度も上演したものでしたが、最初キャスティングのときに
ピノキオを創ったゼペット爺さんを誰に演じてもらおうかと大変悩みました。
女の子の生徒ばかりでみんないやに決まっている。
仕方ない思いで亜津咲さんに頼むとその場で快諾してくれました。
レッスンでも誰がどう見ようともお爺さんになりきって演じておりました。
彼女の親であり、教師である自分としてはこの世界の難しさも彼女の身体的力もわかっておりましたが、
そのときの彼女があったのでダンス(パフォームする世界)にPUSHしました。
身体のメカニック的には難しさがつきまとい、国立バレエスタジオの石沢先生や
ミツヴァテクニック、アメリア先生に助けられ現在ダンスの世界で働いています。
大変繊細で、激しく、喜びも悲しみも人の倍でハラハラしますがその感動の大きさ
感性の鋭さは羨ましい才能であると感じます。
あの頃の瀬山紀子先生
瀬山紀子先生ご自身に語っていただきました。

私が育ったのは戦後です。
特に裕福で幸せな家庭というわけではありませんでした。
娯楽もなく、4年生まで家にテレビもありませんでした。
音楽が家族を結びつけてくれたように思います。
父はバイオリンを愛し、母は歌曲、絵画、文学の素晴らしさを教えてくれました。
レコードが擦り切れるほどに繰り返し聞いた、メンデルスゾーンとチャイコフスキーのバイオリンコンチェルトは
子どもながら何て素敵なんだろうと感じていました。
その感動が私の感性の原点だったように思います。
母からはたくさんの影響を受けました。
お子さんを育てている親御さんにはお子さんが芸術的な感性を養う事を時間とお金の無駄だとは
おもわないでほしいと望みます。
競争に勝った、負けた以外のものさしを大切にする生き方もあると思うのです。
お子さんたちは何をも受け入れる五感をお持ちです。
芸術という、人間しか創りえないかぐわしいものを注ぐ事は大切な事です。
私はとても幸せです。
結婚してよかった。
3人の子どもに恵まれたのもよかった。
そして《バレエ》を仕事にした事は、恵み以外の何物でもないと思っています。
バレエが仕事で食べていけるのか?
なんて言わないで欲しい。
花のある人生を味わって生きていきたいと思います。